ディープテック領域での起業やCXO参画に関心を持ちながらも、「人生を懸けるテーマが見つからない」「自分には原体験がない」「そもそも研究領域に詳しくない」などと足踏みしてしまうビジネスパーソンは少なくありません。
しかし、科学技術の社会実装において、当事者自身に最初から特別な動機は本当に必要なのでしょうか?
今回登壇したのは、新しい養殖魚の開発に挑む「さかなドリーム」代表の細谷氏と、微生物による有用物質生産を事業化する「ファーメランタ」代表の柊崎氏です。いずれも大学の研究者とチームを組み起業を果たしましたが、その入り口は全く対照的でした。
テーマを徹底的に考え抜いた末に起業へと踏み出した柊崎氏と、キャリアの再設計と人との出会いをきっかけに起業に至った細谷氏。
アプローチが真逆の2人は、いかにして研究者とともにスタートアップを創業する決断に至ったのでしょうか。起業家たちのリアルな葛藤、研究者との関係構築、そして意思決定の瞬間を記録しました。
登壇者プロフィール

株式会社さかなドリーム 代表取締役CEO
細谷 俊一郎
丸紅にて穀物の流通全般および事業企画に従事した後、複数のベンチャー企業での事業開発やマネジメント、起業等の幅広い経験を積む。養殖業の持つポテンシャルに惹かれ、株式会社さかなドリームを共同創業。

ファーメランタ株式会社 代表取締役CEO
柊崎 庄吾
バークレイズ証券株式会社に新卒入社し、その後ドイツ証券株式会社へ。一貫して、投資銀行部門にて消費財セクターにおけるクロスボーダーM&Aや資金調達のアドバイザリー業務に従事。合成生物学の技術的可能性に強い関心を持ち、共同創業者である南・中川と出会い、ファーメランタ株式会社を設立。東京大学経済学部金融学科卒業。NEDO SSA(研究開発型スタートアップ支援)フェロー。
目次

起業すると思っていた人と起業する気がなかった人
お2人は創業への入り口が対照的です。細谷さんはもともと起業するつもりがなかったそうですね。
細谷氏:元々前職の同僚だったBeyond Next Venturesの有馬さんから、「起業したらどうですか」とは言われていました。でも当時はまったくイメージが湧かず、ずっと断っていたんです。
その後、何度か転職を経験する中で、「このまま自分のキャリアはどうなるんだろう」と考えるようになりました。ちょうどその頃、現在の共同創業者である石崎と出会ったんです。
また転職を考えていると伝えたところ、石崎から「お互いに違う役割を持っているし、一緒に起業してみないか」と誘われました。
誘われた時点で、すでに事業のアイデアはあったのでしょうか?
細谷氏:いえ、2人とも事業のネタは全くありませんでした(笑)。それで石崎から「有馬さんを紹介してくれ」と強く言われ、連絡を取ってみたんです。すると有馬さんが「相談してくれたからには、我々も全力で伴走しますよ」と言ってくれて。その言葉に背中を押されるように起業することになりました。
もちろん今は完全に前向きな気持ちで取り組んでいますが、最初から前のめりに起業したかったというより、キャリアの新しい選択肢をつくる必要があった、というのが本音です。
柊崎さんは早くから起業を考えていたのですか?
柊崎氏:父や祖父が事業をしており、会社を経営すること自体は身近でした。自分の性格的に「実家を継ぐくらいなら自分で何かやりたい」と思うタイプだったので、中高生の頃から起業を考えていました。
そのなかで、創業タイミングはどのように定めたのですか?
柊崎氏:大学時代に100個ほど事業アイデアを出したのですが、どれも世界が変わるようなものではないと感じて、まずは社会人になろうと考えました。
すぐには起業せず、まず経験を積んだのですね。
柊崎氏:はい。大企業の意思決定に関わる仕事に関心があったので、金融業界でM&Aなどの仕事をしていました。
テーマが先か、人が先か。起業を決意した瞬間
取り組むテーマは、どのように決めたのでしょうか。
柊崎氏:以前から微生物によるものづくりに関心がありました。昔、ビル・ゲイツ財団が100億円規模の資金を投じて、植物由来の成分を微生物に作らせることでマラリアの特効薬を商業化した話を知り、「これはすごい」と強い関心を持ちました。
私は自分の人生を自分でコントロールしたいタイプなので、本当に納得してやりたいテーマでないと、身が入らないんです。 だからこそ、とにかく情報をインプットし、点と点を繋げて考え続け、考え抜いた末に行き着いたのが、微生物の領域でした。
その後、Beyond Next Venturesのウェブサイトに問い合わせをしたところ、助成金プロジェクトを紹介してもらい、研究シーズとマッチングしていただいたのが創業のきっかけです。
紹介されたシーズから、すぐに現在の研究を選んだのですか?
柊崎氏:微生物関連の研究テーマが2つあって、どちらも社会的に重要なテーマでしたが、スタートアップとして価値を出しやすいかという点では、現在のテーマの方が可能性を感じました。
細谷さんは、先に石崎さんと組んでからテーマを探したのですね。
細谷氏:はい、石崎はサントリーでブランドマーケティングを経験していて、私は商社などで幅広い仕事をしてきました。
彼のマーケティングの力は、自分にはないものだと感じていました。石崎も、私の幅広く動けるところを評価してくれていたので、お互いに違う機能を持っているからこそ、一緒にやってみようとなりました。
最初から魚に関心があったわけではなく?
細谷氏:最初はまったくありませんでした。ただ、2人とも食に関わる仕事をしていたので、食の領域で探そうとは考えました。有馬さんに伴走してもらいながら研究シーズを探し始め、3つ目に出会ったのが現在の研究者たちでした。
彼らに出会った時、「この人たちはいま話していることが実現するまでやり切る人たちだ」と思えたんです。2人とも教授・准教授として今も大学に籍はありますが、相応のマインドシェアとコミットメントで一緒に会社を経営できています。
テーマありきではなく、「このパートナー、この研究者とならやっていける」という人起点のスタートでした。
互いのミッシングピースを埋め合う。研究者との共同創業の形
お2人とも研究者と強固な信頼関係を築かれていますよね。どのように信頼を獲得していったのでしょうか?
柊崎氏:前職の金融業界での経験が活きたと思っています。M&Aのアドバイザーとして、企業の経営陣や取締役といったプロフェッショナルの方々と対峙してきたので、「相手が自分をどう見ているか」「信頼に足る人物か」を感じ取る感覚には慣れていました。
研究者も、それぞれの分野のプロです。そうしたプロに認めてもらうためには、まず対等に議論できるだけの知識を本気で勉強して臨むことが大前提になります。その上で自分の意見を率直に伝えることで、「この人は本気で勉強して、本気で事業をやろうとしている」という姿勢が伝わったのだと思います。
研究者からも「技術はわかるが経営はわからない」という自己認識が明確にあったので、「経営や事業化はあなたに任せた。そこには何も言わない」と、信頼して任せていただけました。
細谷さんも、研究についてかなり調べたのでしょうか?
細谷氏:研究内容の勉強はあくまでスタートラインで、重要なのは「自分たちに何ができるのか」を提示することです。
我々が手掛ける代理親魚技法の開発者である吉崎も、共同創業者の森田も、業界や会社での経験が長く非常に優れた研究者です。ただ、彼らは「どうやって魚をブランドにしていくか」「会社をどう運営するのか」については経験がありませんでした。そこに、私や石崎の専門性が明確に合っていたのだと思います。
具体的には、どのような話をしたのでしょうか?
細谷氏:研究者の方々に対して「そもそもブランドとは何か」「マーケティングとは何なのか」を一から伝えました。先生方にとっては全く新しい知見で、すごく刺さったんです。
「研究者である自分たちが魚の技術を開発し、事業側がそれを世の中に広めるブランドを作る」という役割分担を、研究者側が深い解像度で理解してくれました。
先生方が自分たちのミッシングピースを客観的に理解していたからこそ、我々を必要なパートナーとして受け入れてくれたのだと思います。
原体験がなくても、人生を懸ける決断はできる
投資家や周囲から「Why You(なぜあなたがこの事業をやるのか)」という原体験や強い動機を問われる場面は多いと思います。創業時に原体験がなかった細谷さんは、この「Why You」にどう向き合ってきたのでしょうか?
細谷氏:実は、投資家から起業した理由を厳しく問われたことはあまりないんです。なぜなら、我々のようなディープテックスタートアップの場合、Why Youは研究者側にあることが多いからだと思います。
当社で言えば、会社の顔は、あくまで研究者の吉崎だと思っています。私自身はその技術を社会に届けるために、事業を前に進める役割を担っている感覚です。
起業家自身に最初から強烈な理由がなかったとしても、魚のことを必死に勉強し、コミットして事業を成長させられる代表であればそれで十分なんです。会話をしていれば、本気度やコミットメントは自然と伝わります。
最終的に「この事業で起業しよう」と腹を括った決定打は何だったのでしょうか?
細谷氏:「人生をベットできるか」の一点に尽きると思います。研究者の方々は、それこそ人生を賭けてその研究を何年も続けてきているわけです。その圧倒的なコミットメントに触れた時、「自分もここに人生をベットできる」と思えたかどうか。
そこに一度ベットしてしまえば、創業後にどんな大変なことが起きても、辛いとは感じなくなります。「自分が選んで人生を賭けたのだから、起こる出来事はすべて当然のことだ」と受け止められるようになるんです。
その覚悟を決める上で、ベンチャーキャピタルの存在も影響がありましたか?
細谷氏:Beyond Next Venturesの存在は大きかったですね。有馬さんから「本気で挑みたいテーマがあるなら、その挑戦を資金面から支える。だからまずは、お金のことに縛られず、自分が人生を懸けられるテーマと向き合ってほしい」と言われたんです。
資金調達の心配を一時的に脇に置き、「自分が本当に人生を懸けられるか」という本質的な問いだけに集中できたからこそ、迷いなく決断することができました。
柊崎さんには、明確に創業を決めた瞬間がありましたか。
柊崎氏:改まって「起業しましょう」と話したというより、大学と共同研究を始めてニーズがあると確信できたタイミングで自然と起業する流れになりました。
プロジェクトを始めた時点で、研究者側も私を評価してくれていて、「経営や事業は任せる。それについては余計なことを言わない」という姿勢を示してもらいました。
人生を懸けられるテーマは、最初から完成された形で見つかるとは限りません。
研究者と会い、研究を知り、実際に一緒に動く。その中で、相手の覚悟や自分の役割が見え、少しずつ「この人たちと、このテーマで進みたい」という確信に変わっていくのだと思います。
事業のタネは、自分の中にあるか。外にあるか。
「やりたいテーマが決まっていない」と悩む起業・CXO志望の方へメッセージをお願いします。
柊崎氏:その段階は、「思考が足りない」のだと思います。頭の中だけで考えず、とにかくインプットを増やして考え続けること。そして自分の人生を振り返ってみてください。自分が過去に何に関心を持ち、何を楽しんできたかという材料は、過去の点として散らばっています。インプットと思考を繰り返す中でその点と点がつながり、「これだ」というテーマが必ず見えてくるはずです。
細谷氏:私は逆で、「最初からテーマがなくても構わない」 とお伝えしたいです。「この人と一緒にやりたい」「この研究者の熱量に賭けたい」と思える出会いがあれば、ワクワクするテーマは自然と見つかります。 とにかく多くの研究者やシーズに会ってみること。会って話をしてみないことには何も始まりません。
人生を懸ける覚悟は、出会いから生まれる
今回の対話から見えたのは、ディープテック創業に、決まった型はないということです。
思考を深めて自らのテーマを見つけた柊崎氏。信頼できるパートナーと創業を決めてから、テーマに出会った細谷氏。対照的な2人ですが、共通していたのは「研究を深く学び、自身の提供価値を示し、最後は人生を懸ける覚悟を決めた」ことでした。
その覚悟は、必ずしも一人で完成させる必要はありません。細谷氏のように、まずは研究者と出会い、対話する中で見えてくることもあります。
Beyond Next Venturesでは、創業を目指す研究者と、経営参画や創業を目指すビジネスパーソンが出会う、審査・招待制のミートアップ「TECH SEEDS MEETUP」を開催予定です。
VCや大学推薦の選りすぐりの研究シーズが集結し、カジュアルに研究者と直接議論を交わすことができます。
- 「まだ具体的なテーマは決まっていないが、ディープテック起業に関心がある」
- 「研究者の熱量に触れ、自分の専門性が活かせる場・機会を探りたい」
- 「創業メンバーやCXOとして、立ち上げ期から事業・チームを作りたい」
そう考えるビジネスパーソンにとって、共に挑戦できるパートナーやシーズに出会う機会になるはずです。まずは一歩を踏み出し、研究者と対話してみませんか?ここでの出会いが、まだ見えていなかった次の選択肢につながるかもしれません。




