なぜ今モジュール型の陸上養殖が必要なのか ― ARKに出資した理由

魚を、陸の上で育てる。

世界中の企業が挑んできたこのテーマは、大きな可能性を秘めている一方で、事業として成立させることが難しい、世界共通の挑戦でもありました。

私たちはこのたび、「海を休ませるために、陸に小さな海をつくる。」をミッションに掲げる株式会社ARKに、3号ファンドから新規出資を実行しました。

背景には、世界規模の大きな流れがあります。

人口増加と経済発展に伴い、世界のたんぱく質需要は拡大を続けています。一方で、海の資源には限りがあり、世界の水産は「獲る」から「育てる」への転換点を迎えようとしています。

たんぱく質を世界に届けるうえで、大型設備を活かしたサーモンの陸上養殖は欠かせない存在です。同時に、世界の食卓にはサーモン以外にも、地域の食文化に根ざした多様な魚への需要が広がっています。日本でも、ハタ類やブリなど、昔から食べられてきた魚が数多くあります。

こうした多様な魚種と向き合う中で、水処理・浄化から種苗生産、育種、加工まで、幅広い技術を積み上げてきたことは、日本ならではの強みです。食料安全保障への関心が高まるなか、国はこうした強みを土台に、陸上養殖を成長戦略に位置付けています

日本政府は、2030年にかけて、日本ならではの多様な魚種の陸上養殖を国内で確立し、それをモジュール化したシステムとして海外へ展開する道筋を描いています。さらに2040年に向けて、水産物と陸上養殖システムを合わせた世界市場で3割のシェア獲得を目標に掲げています。

その道筋の先を、すでに製品と実データで歩んでいるのがARKです。1ユニットから導入できるモジュール型のシステムを開発し、5年以上にわたり自ら魚を育て続けてデータを積み上げてきました。大きな資本がなくても小さく始められ、育てながら増やしていける仕組みです。

なぜその仕組みが、今、必要なのか。
本記事では、私たちがARKへの出資を決めた理由をご紹介します。

海の限界と、養殖への歴史的転換

養殖は、すでに世界の水産物供給を支える主役になりつつあります。

2022年、世界の養殖による水生動物の生産量が9,440万トンに達し、史上初めて、漁船漁業による生産量を上回りました[1]。ただしその大半は、海で育てている海面養殖です。

海に頼るだけでは供給を増やしにくいなかで、選択肢のひとつとして広がってきたのが、陸上養殖です。

とくに、使った水をろ過してきれいにし、繰り返し循環させながら育てる方式(閉鎖循環式陸上養殖システム、RAS)は、海から離れた場所にも設置でき、水の使用量や環境への負荷も抑えられます。ARKが手がけているのも、この方式です。

ただ、RASは高コスト構造や運用面での課題が残されており、世界的に見てもまだ実証段階にあり、安定生産の確立はこれからの領域です。

陸上養殖は長らく「経験と勘」に支えられてきました。魚の生育には、水温、水質、飼育密度、餌、設備の運用方法など、無数の条件が絡みます。さらに、条件を変えた結果を確かめるには、魚が育つまで数ヶ月から年単位の時間がかかります。

こうした条件の複雑さと検証サイクルの長さから、現場で蓄積された知見を技術として体系化し、再現可能な形で受け渡すことが難しい領域でした。

そのうえ、陸上養殖では水槽に加えて、ろ過や水温・水質管理の設備が必要になります。設備を整えてから魚を育て始めるため、まとまった投資が先にあり、その回収には魚が育つまで待つことになります。こうした初期投資の大きさと回収までの時間の長さが、陸上養殖への参入ハードルを高くしてきました。

「小さく始めて、増やす」というARKの設計思想

ARKが開発する「ARK ZERO MATRIX」は、小さな水槽ユニットをいくつも連結して拡張していける構造になっています。

画像提供:株式会社ARK


ARKの装置は1ユニットから導入ができ、どんどん追加して拡大していくことができるため、最小限の初期投資で陸上養殖を始められるメリットがあります。

小型であることのメリットは、始めやすさだけではありません。

生産がユニット単位で分かれているため、魚病などのトラブルが起きても影響を一定の範囲に抑えられます

そして、小型でも事業として成り立つように、高気密・高断熱の水槽構造、独自のろ過システム、省電力化といった技術で運営コストを抑え、ハタ類(ヤイトハタ、クエタマ等)やエビといった高単価の魚介類に対象を定めています。ハタ類は、水産庁が戦略的養殖品目に掲げ、政府のフードテック官民投資ロードマップでも日本発の陸上養殖システムが対象とする主要魚種として名前が挙がる魚でもあります。

ハタ類のような魚は、産地や季節によって、育てる場所や条件も細かく変わります。だからこそ、最適な条件を見つけるまでに試行錯誤が必要となります。ARKのシステムのように小さな単位に分かれていれば、それぞれで条件を変えて並行して試し、うまくいった育て方をデータとして積み上げられます

そしてARKは、そのデータを自ら積み上げてきました。創業から5年以上、自社ファームでも魚を育て続け、そこで得た知見を次の製品と運用方法に反映していることも大きな強みです。魚が育つまでに時間がかかる分、試行錯誤の蓄積そのものが大きな資産になります。

『養殖の民主化』は、もう始まっている

ARKの事業モデルは、すでに市場で検証され始めています。初期モデルは完売し、現行モデル「ARK ZERO MATRIX」は量産段階に入っています。

注目すべきは、導入主体の広がりです。利用者は水産事業者にとどまらず、建設業や製造業などの異業種企業、大学にまで広がっています。これまで養殖を事業として捉えてこなかったプレイヤーが、ARKのシステムによって参入を検討し始めています。

私たちは、導入数そのものよりも、この広がり方に注目しています。

ARKが掲げる「養殖の民主化」は、設備を安く売ることではありません。設備と運用ノウハウ、データを一体で届けることで、専門事業者でなくても事業として検討できる状態をつくる。異業種への広がりは、その構想が実際に動き始めていることの表れです。

さらに、自社ファームで育てた魚は、高級鮨店・鮮魚専門店やスーパーマーケットなどの小売チャネルで実際に販売され、継続的な取引の引き合いも生まれています。

装置への確かな需要と、育てた魚への市場からの評価。この二つの手応えが揃い始めていることは、ARKのモデルが構想ではなく、実際の事業として動き始めている何よりの証だと私たちは受け止めています。

独自のポジションを武器に、海外へ

世界の陸上養殖の主流が大型サーモンに最適化されたシステムである中、小型・モジュール型のシステムを高単価魚種に最適化して設計し、実際に事業として運用している企業は、世界を見渡してもほとんど見当たりませんでした。

ARKは、グローバルに見てもまだ確立されていないこの領域で、陸上養殖の新たな市場を切り拓こうとしています。

ハタ類は中華圏や中東圏で高級白身魚として強い需要があります。また、水温の高い地域では、低水温を好むサーモンの陸上養殖には大きな冷却コストがかかるため、大型RASの導入自体が難しい現状があります。こうした地域は、大型サーモンとは異なる高単価魚種をモジュール型で育てるARKにとって大きなチャンスが広がる市場です。

国が描く筋道も、ここに重なります。国内で確立した仕組みをモジュール化して海外へ展開し、2040年にかけて世界市場のシェア3割を目指しています。その市場自体も、2025年の0.35兆円から2030年に2.4兆円、2040年には31兆円へ拡大すると見込まれています[2]

ARKはすでにアブダビ政府主導の総合水産プロジェクトにおいて、現地パートナーと養殖システムを現地で展開する基本合意契約(MOU)を締結しています。食料安全保障への関心を背景に、国内外で政策面からの後押しも強まる中、日本で磨いた技術と運用ノウハウが異なる市場環境でも成立するかを検証する、重要なステップになります。

現場・技術・経営を補完し合う3人の創業メンバー

ARKを共同創業した栗原さん、吉田さん、竹之下さんの3人は、前職で、ともに陸上養殖向けの水質センシング事業に携わりました。そこで陸上養殖の事業化の壁を目の当たりにし、2020年にARKを創業されました。

栗原さん(代表取締役CEO グループ代表)は、事業開発や資本業務提携などの経験を生かし、経営とグローバル展開を担っています。ロンドンと日本の二拠点を行き来しながら、UAE政府主導の共同事業体との交渉では自らフロントに立ち、「日本の技術を世界へ」の最前線を走っています。

吉田さん(COO)の原点は、配管の現場です。水道工事からソフトウェアエンジニアへ転身し、製品企画、営業、製造まで幅広く経験してきました。沖縄拠点の立ち上げなど、実際に魚の育成をしながら、ハタの養殖事業を県内トップ規模まで拡大させてきました。

竹之下さん(CTO)は、ロボティクス・生体医工学をバックグラウンドに、ARKの製品・技術開発と養殖の生産性を向上させる研究開発領域の中心を担っています。

陸上養殖の世界では、「装置をつくる会社」と「魚を育てる現場」が分断されがちです。ARKはその両方を、経営・技術・現場という異なる専門性を持つ3人の経営チームの中に持ち合わせています。この一体性こそが、前述の「現場の学びを製品に返すサイクル」を支えています。

どこでもだれでも陸上養殖ができる世界へ

もちろん、課題はまだ残されています。種苗や飼料の確保、さらなる省エネルギー化、運用の自動化など、事業を拡大していくために解決すべきテーマは少なくありません。ARK自身も、次世代機の開発やデータ活用の高度化に継続的に取り組んでいます。

それでも、「なぜ、今なのか」という問いには、私たちなりの答えがあります。

養殖が世界の水産物供給の主役となり、食料安全保障を背景に政策の追い風が吹く。この歴史的な転換点に、これまでの現場での生育データと市場に参入できる製品を持っているのが、ARKだからです。

ARKが掲げる「どこでもだれでも陸上養殖ができる仕組と文化をつくる。」というビジョンは、設備を売ることではなく、養殖の経験がない企業や地域でも水産物の生産を事業にできる仕組みを届けることを意味しています。小さく始められる装置と、データにもとづく再現性の2つが揃ったとき、陸上養殖は一部の大資本のものではなく、すそ野の広い産業になります。

私たちも、ARKが国内外で進める実証や事業づくりを後押ししながら、「海を休ませるために、陸に小さな海をつくる。」というミッションの実現に向けて、ともに取り組んでいきます。

    ● 引用元一覧

  • [1]国連食糧農業機関(FAO)2024年 世界漁業・養殖業白書(The 2024 edition of The State of World Fisheries and Aquaculture (SOFIA))
  • [2]内閣府・日本成長戦略会議「陸上養殖 官民投資ロードマップ」(2026年6月)/ FISHERY JOURNAL
Akito Arima

Akito Arima

執行役員 / パートナー / 投資部 / オープンイノベーション部 部長

Risa Aki

Risa Aki

シニアアソシエイト / 投資部