in vivo遺伝子治療においてアネロウイルスベクターの臨床応用を目指すバイオベンチャー「Ring Therapeutics」のテクノロジーと戦略

Beyond Next Ventures バイオチームの吉田です。世界の創薬の主役がバイオベンチャーになっている昨今、ユニークな技術を持つ海外のバイオベンチャーを紹介することで、皆さんに新しい視点を届けていければ幸いです。

今回は、in vivo遺伝子治療の新しいウイルスベクター候補としてアネロウイルスベクターの臨床応用を目指すバイオベンチャー『Ring Therapeutics』 (Cambridge, MA, USA)についてご紹介します。アネロウイルスは、ヒト常在ウイルスの一つで、毒性が低く、再投与できるということから非常に興味深いウイルスベクターであると考えます。

背景

遺伝子治療とは、患者の遺伝子を編集して、細胞の遺伝子発現を強めたり、細胞に新たな機能をもたせることで、患者の遺伝子疾患を根本的に治癒する新しい医療です。臨床応用開始から30年以上が経過し、技術は格段に進歩し、世界で遺伝子治療薬の実用化が進んでいます。in vivo遺伝子治療のモダリティ(あるいはベクター)として最も開発が進んでいるのが、「アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクター」ですが、臨床での課題も浮き彫りになってきています。特に重要な課題として以下のようなものが挙げられます。

中和抗体の存在

アデノ随伴ウイルス(AAV)は、ヒトや霊長目の動物に感染する小型のウイルスです。広く自然界に存在しており、ヒトは日常の中で症状が無いままに感染しています(不顕性感染している)。したがって、成人のヒトでは、多くがすでにAAVへの感染歴があり、AAVに対する中和抗体を保有しています。AAVに対する中和抗体保有者にAAVベクターを投与してもすぐに除去されてしまうため、遺伝子治療の効果が期待できません。この課題に対応するために、

  • 遺伝子治療投与前にAAVに対する中和抗体の有無を調べ、陰性のヒトのみに投与する
  • AAVにまだ感染していない小児を対象とする
  • AAVに対する中和抗体が作用しない局所(眼、中枢神経系など)へ投与する
  • 中和抗体に認識されない変異カプシドを持つAAVベクターを開発し、用いる

などのアプローチが進められています。

再投与できない

ウイルスベクターは一度投与するとベクターに対する抗体ができてしまうため、再投与ができません。これに対しては上の4つのアプローチでも対応できず、したがって、同じウイルスベクターは同じ患者へ複数回投与できないという課題があります。

大量投与による毒性の懸念

AAVベクターをヒトに大量に静脈内投与することで肝臓毒性が起こるリスクがあることが報告されています。AAVベクターが肝臓への指向性を持つことが原因と考えられており、肝臓指向性を持たない変異カプシドの開発が進められています。

このような状況を踏まえ、AAVベクターの課題点に対応できるウイルスベクター、非ウイルスベクターの開発が進められています。例えば、新型コロナウイルス感染症ウイルスであるCOVID-19のmRNAワクチンであるファイザー/BioNTechのコミナティ™筋注や、Modernaのスパイクバックス™筋注は、スパイクたんぱく質mRNAのデリバリーとしてリン脂質ナノ粒子(LNP)という非ウイルスベクターを用いています。

また、Alnylam Pharmaceuticalsのパチシラン(オンパットロ™)もsiRNAをデリバリーするモダリティとしてLNPを用いています。LNPは中和抗体ができず、再投与可能で重篤な副作用も見られていません。しかし、製造における不均一性の問題や、静脈内投与では肝臓指向性があることや、局所投与(ワクチンは免疫形成を目的としており標的は問われない)では適応できる疾患が限定されてしまうなどの課題があります。また、遺伝子導入効率がウイルスベクターに比べると低いという課題も挙げられ、これらの課題に対応できる新たなLNPの開発や、新たなウイルスベクターの開発も検討されています。

テクノロジー

米国バイオベンチャー「Ring Therapeutics」は、AAVベクターの課題に対応できる新たなウイルスベクターとしてヒト生体内に常在しているアネロウイルスを用いた独自プラットフォーム「Anellogy™」を開発しています。アネロウイルスは、免疫系の反応を引き起こすことなく、多数の組織に感染するステルス性のウイルスです。細胞内に侵入したウイルスゲノムは、ヒトのゲノムに隣接する一本鎖のDNAリングであるエピソーマルエレメントとして安定的に存在することができます。

Ring Therapeuticsは、これまで、アカデミアの共同研究者とともに、輸血ドナーおよびレシピエントから輸血前および輸血後260日までの128の血液試料を網羅的に調査してきました。また、National Heart, Lung, and Blood Instituteの長期的な輸血感染ウイルス研究からの血液および血清サンプルを用いて、National Center for Biotechnology InformationのGenBankから公開されているアネロウイルスの配列も使用し、ヒトに感染しているアネロウイルス、および輸血にともなうその感染、感染持続について研究を行い、その遺伝的多様性も見出してきました。

これらの研究から、ヒトに感染しているアネロウイルスには、異なるタイプのカプシドがあり、治療用の遺伝子やRNAなどの核酸を包み込んで人体に送り込むことができる可能性があることを見出してきました。また、遺伝子治療ペイロードを送達するためのベクターが何千種類も存在する可能性があり、加えて、輸血を受けた人のアネロウイルスゲノムは、健康に影響を与えることなく変化し、個々のアネロウイルスゲノムは数カ月間持続していることがわかりました。輸血によって新たに感染した系統が生体内で持続するということは、静脈内投与による治療が有効な手段である可能性を示しています。

これらの研究をもとにRing Therapeuticsは、Anellovectors™(アネロウイルスベクター)を遺伝子治療に利用する新規プラットフォーム「Anellogy™」を開発し、その技術を “The first true disruption of the gene therapy space in more than 50 years.” と謳っています。

Ring Therapeuticsが明らかにしている、アネロウイルスベクターの特徴は以下になります。

  1. アネロウイルスはヒトの常在ウイルスの中で、大きな多様性を持つウイルスファミリーである。この多様性は、ヒトへの免疫原性が低いベクターとして有望な可能性があることを示唆している
  2. アネロウイルスは感染力が強く、持続性がある。輸血レシピエントでは、輸血後200日以上経過したレシピエントからドナーアネロウイルスが検出されるなど、持続的な感染力がある。
  3. アネロウイルスは、ドナーとレシピエントの間で類似性が高く、病的な免疫反応を引き起こすことなく共存できることから、再投与が可能であることが示唆される。
  4. アネロウイルスは、Ring Therapeutics独自のAnellogy™プラットフォームを用いて試験管内で合成することができる。

パイプライン

未開示。がん、循環器、眼科、中枢神経系、希少疾患、肺などの治療領域に焦点を当てた外部および内部臨床プログラムになると予定されている。

キーワード

  • 遺伝子治療
  • 新規ウイルスベクター
  • アネロウイルス
  • ヒト常在ウイルス

コメント

AAVベクターはアデノウイルスを同定しようとして偶然見つかった、疾患を引き起こさないウイルスです。そのため、ヒトに対する安全性が高いためにin vivo遺伝子治療のモダリティとして開発されてきました。AAVベクターに次ぐウイルスベクターも、ヒト常在ウイルスの中から見つけるのが一番可能性が高いと考えられていましたが、その一つとしてアネロウイルスを開発しているのが今回紹介した「Ring Therapeutics」です。しかしながら、アネロウイルスは、遺伝子サイズが3000-4000ヌクレオチド長とのことで、AAVベクターと同様、搭載できる遺伝子サイズが小さく、ジストロフィンやCFTRなどの大きい遺伝子を搭載できない点については引き続き課題となり続けると思われます。

一方で、搭載できる遺伝子サイズは小さいですが、ウイルス粒子そのものが小さいために、投与後の拡散性に優れるという利点もあります。アネロウイルスについては、製造方法、組織指向性、遺伝子発現効率、大量投与の安全性など、まだ明らかでないことが多いですが、非常に可能性を感じさせられるテクノロジーとして、今回ご紹介しました。2021年1月には$117 MillionのシリーズBの資金調達を終えているようですし、これからの成長が楽しみなスタートアップの一つです。

最後に

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