日本のフードテックは世界をリードできるか ー 業界トップランナー田中宏隆氏に聞く

有馬:皆さんこんにちは。Beyond Next Venturesパートナー兼アグリフード領域担当の有馬です。今回は、食のエコシステムづくりを目指す株式会社UnlocX 代表取締役CEO 田中宏隆さんをお迎えしました。

『フードテック革命 世界700兆円の新産業 「食」の進化と再定義』(日経BP)の共著があり、シグマクシス時代に「Smart Kitchen Summit JAPAN(通称SKS JAPAN)」を開催するなど、田中さんは誰もが認めるフードテック界のトップランナーです。

世界中から求められている日本の食と技術、フードテック企業が今後はどう戦っていくべきなのか。世界を取り巻くフードテックの最新トレンドを伺いつつ、日本の置かれた現状と課題を深堀りしていきます。

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プロフィール

田中宏隆

株式会社UnlocX(アンロックス)代表取締役CEO

田中 宏隆

パナソニック勤務を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニーにてハイテク・通信業界を中心に8年間に渡り、成長戦略の立案・実行、M&A、新事業開発、ベンチャー協業などに従事。 2017年、シグマクシスに参画し、グローバルフードテックサミット「スマートキッチンサミット JAPAN」を開催。食に関わる事業開発に伴走しコミュニティづくりで尽力。食のエコシステムづくりを目指し2023年10月株式会社UnlocX(アンロックス)を創設。『フードテック革命』(日経BP)共著。一般社団法人 SPACE FOODSPHERE理事/ベースフード株式会社 社外取締役/TechMagic株式会社 社外取締役

有馬 暁澄

Beyond Next Ventures株式会社パートナー

有馬 暁澄

2017年4月丸紅に入社。穀物本部にて、トレーディング事業を通じて生産から販売までのアグリ(農業)全般に携わる。また、有志でアグリテック領域のスタートアップに投資を行うチームを立ち上げる。2019年にBeyond Next Venturesへ参画し、アグリ・フードテック領域のスタートアップへの出資・伴走支援に従事。また、農林水産省や大企業と積極的に連携し、産学官連携プロジェクト(農林水産省「知」の集積プログラム、「フードテック研究会/ゲノム編集WT」代表、スタートアップ総合支援事業(農林水産省版 SBIRプログラム)PMなど)にも取り組む。目標は、アグリ・フード領域のGAFAを生み出すこと。慶應義塾大学理工学部生命情報学科卒業

雷が落ちたような衝撃。スマートキッチンサミットの原体験

(有馬) 田中さんは2023年にフードテック企業を起業したわけですが、フードテックにどんな可能性を見出したのでしょうか?

田中:8年前に、すべてがつながるような、ある衝撃的な体験をしました。それまで私はパナソニックに10年間、マッキンゼー・アンド・カンパニーに8年間ほど在籍して、ずっとテクノロジー分野に関わってきました。

その後に、同じくコンサル企業のシグマクシスへ転職。そして運命の2016年、シアトルで開催された「スマートキッチンサミット」(通称SKS)に参加したことが、食に関わるようになったきっかけでした。

スマートキッチンサミットの会場には、家電メーカーの「サムスン電子」や「LG」「Google」、台所用品などの小売企業「ウィリアムズ・ソノマ」、体験型ストアの先駆け企業「ベータ」、食品メーカー、シェフ、キッチンデザイナーなどが一同に介していました。想像もしなかった並び方でした。

この熱狂を一目見たときに、日本のありとあらゆる産業がバリューチェーンを超えて食でつながっていくイメージが、まるで雷が落ちたようにバッと浮かびました。「フードテックには、可能性しかない。日本で何かを企てたら、新しいムーブメントが起こるな」と、サミットの2日目には考えていました。

これだな、自分が人生を懸けるべき道は」と思った私は、そこから一気にフードテック業界へ突き進み始めました。食の可能性とテクノロジーの可能性、この二つが交わる交点に世界や日本の未来がある。そう感じて、UnlocX(アンロックス)を設立したんです。

(有馬) 当時のSKSには日本企業は参加していたのでしょうか?

田中:日本企業の登壇者はゼロで、日本人の参加者は私たち4人以外でほぼ見かけませんでした。ただ、危機的状況の一方で、チャンスだとも思いました。それで主催者のマイク氏に「日本版を開催したい」と直接話したらすぐに快諾してくれて、2017年に「Smart Kitchen Summit JAPAN」を開催しました。

とあるSmart Kitchen Summit JAPANの様子

融合が進むフードテック、先鋭化する社会課題

(有馬) フードテック業界で最近のトレンドやテーマはありますか?

田中:これまではばらばらに動いていたフードテックやアグリテックの業界と企業が、最近はどんどん融合し始めていることです。5、6年前から潮目が変わりつつあります。例えば、CESでは「アグリフードテック」という言い方をしていて、要するにアグリテックとフードテックがすでに一括りのジャンルになっているのです。

ほかにも、イタリアの食とテクノロジーのカンファレンス「Seeds & Chips」や、サンフランシスコの食のカンファレンス「Future Food Tech」、イギリス発のフードイノベーションコミュニティ「yFood(ワイフード)」などを見ても同様です。スマートキッチンなど家電のIoT領域、あるいは代替プロテインなどが、これまでの境界線を超えて融合しつつあります。また、食や家電の世界だけでなく、ヘルスケアやレストランテックなどのプレーヤーも交わり始めました。

統合化へ進むこうした大きな潮流に加えて、各個別領域の進化もグググッと盛り上がりを見せています。そのきっかけはやはり、生成AIの登場です。食品保管の効率化や調理の自動化など、生成AIで可能になることがここ数年で劇的に増えましたし、その影響で全領域の進化が一気に爆発しています。

もう一つのトレンドは、「社会課題の先鋭化」です。食料・食品を取り巻く生産・流通・消費までの流れを意味する「フードシステム」も、食料自給率も、課題が山積みです。アメリカで深刻な肥満症などの健康問題や、政情不安による食料流通の不安定化など、さまざまな問題が食と絡み合っています。

その状況下でも、テクノロジーの進化により、かつてよりもお互い容易につながれるようになったことが、希望の一つです。互いに顔の分かる数百人規模の人間同士がグッと近づける場やコミュニティができ始めています。また、食の業界は不思議と「同じ釜の飯を食う仲間」のような同僚意識が強い。新しいことをやろうというチェンジメーカーやイノベーターが手を取り合って、アイデアの実現可能性を模索しています。

海外にはあるが日本では未発達な「中間組織体とエコシステム」

(有馬) なぜ海外ではフードテックが成功しているのでしょうか?

田中:国による差はありますけど、アメリカ、ヨーロッパ、アジアを見ていると、持続的に競争と創造が起こる仕組みがあって、新しい生態系としてのエコシステムができ上がっています。

例えばヨーロッパでは中間組織体が充実していて、スタートアップを育成していくと同時に、競争原理が働くような仕組み化ができています。欧州委員会は、食品の生産から流通、消費まで価値を高めるような変革を行う欧州技術革新研究所(EIT)を設置しています。このEITが中間組織体の一例で、EITが戦略的に補助金を出す仕組みがあるのです。さらに加えて、各国が戦略を持っています。

今のところはスペインが強かったり、食に弱そうなイギリスが案外ちゃんとやっていたりします。また、ヨーロッパだけでなくカナダにもイノベーションのためのネットワークがあるなど、スタートアップをサポートする仕組みが各国・各地域で構築されているのです。

(有馬) 具体的にはどのようなサポートなのでしょうか?

田中:技術シーズを持つスタートアップや企業と、投資したい投資家や銀行などを最適に組み合わせてあげるんです。スタートアップは往々にして、技術や原料の開発を独自で進めようとしますよね。そんな課題を解決するために中間組織体が入って、スタートアップを支援したりプレーヤー同士をくっつけたりするので、「孤独に悩まなくて済む」環境が構築されています。

有馬:マッチングやコーディネートを行う中間組織体がいかにスムーズに動けるかが大事なんだと。日本はまだまだそこが弱いですよね。

日本の食と技術は世界中から求められているが……

田中:もちろん日本にも中間組織体的な組織と機能はあるんですけど、「相互につなげただけで終わってしまう」場合も多い。それらがちゃんと機能するには、もっと民間マインドと競争原理を取り入れないとダメだと思います。また、中間組織体は一つだけでなくたくさんあるので、お互いがもっと競争的な関係であるべきなんです。

さらに仕組みとして、国や地域に貢献する意欲の高い、しっかりした戦略性のある中間組織体は評価が上がったり、運営のメリットが増えたりすると、本気度の高いガチ勢がもっと増えるでしょう。もちろん、すでに日本でも中間組織体は増えています。

私たちが共同開発を行って中間組織体を育成したり、スマートキッチンサミット JAPANの参加企業にバリューを還元したりするなど、中間組織体の機能が必要な人たちが集まって課題解決していけるといいですね。

(有馬) 世界の中で食に関わる日本企業の現在の立ち位置はどう感じていますか?

田中ポテンシャルはかなり高いです。日本の食はパワーを持っているし、訪日外国人観光客の来日理由の一つが食であるならば、食をもっと産業化してイノベーションを起こすことを考えるべきです。

大企業から中小企業、スタートアップまで含めて、考えたほうがいい。というのも、UnlocX(アンロックス)は食産業のグローバル化を当面のゴールに掲げているんですけど、海外から「日本企業と何かを一緒にやりたい」と多くの問い合わせが来ているからです。期待値はかなり大きいと感じています。

海外のスタートアップや投資家などと話をすると、展開したい国の1位がアメリカ、2位がヨーロッパとなります。やはりアメリカは市場が大きいこと。欧州もそれに次ぐ大きさです。日本は実は3位なのですが、これは日本の市場の大きさというよりも、日本の食文化・技術への憧れ・関心が高いからだという方が多いですし、食に関わる技術がまだまだ眠っていると受け止められています。つまり裏を返せば、ポテンシャルが発揮されていないのです。食品開発や生産機器、食文化やシェフの技術などなど、あらゆる面で「まだまだ可能性が眠っている」のは事実です。ラインナップの充実度はすごいのですが、世界からの要望に応えられている日本企業は圧倒的に少ないのが現状です。

日本人に足りない「発信力と自慢文化」


田中:日本はまだまだ潜在力の開放が足りていません。例えば、日本の企業が単独で海外へ進出しようと思うと、その方法がまず分からなかったり、技術だけを吸い取られるのではないかと懸念を抱いて止まってしまったり、ユニークな技術を持つスタートアップがあっても、各国の規制対応に資金が足りずに海外進出が難しかったり。そのため、企業の取り組みが拡大せず、つながりもせず、点と点だけで終わってしまいます。

多くの日本企業が、アセットもシーズ(技術的な種)もポテンシャルも海外からのニーズもあるのに、ビジネスモデルがあまりに従来型の大量生産・大量消費モデルで動くようにレイアウトされているので、まだまだ開放(アンロック)されていません。

この課題は、パナソニックとマッキンゼー時代から感じていたことでもあります。せっかくのテクノロジーがあるのに、生活者や産業のニーズと結びつかずに埋もれてしまっているのです。すごくもったいないと思います

ただ、新しい取り組みをやろうとしている役員や現場の担当者は出てきています。だから、その人たちを一つの船に乗せて一気にドンと前へ進めばチャンスはある。しかし、こうしたチャンスがある状態は長くは続きません。もって3年でしょうか。

というのも、今は海外勢がラブコールを送ってくれますが、海外の企業は本当に必要となれば力ずくでも奪いに来るので、今のうちに日本のプレーヤーも利益を刈り取りにいくべきです。今動かなければ、色々な手で日本の技術や技が奪われてしまう可能性があります。逆にいま動けば、自分たちの技術・技・アセットを価値化して対価も得られますし、世界の食の進化の中で、日本が本当に鍵を握る立場になれると考えています。日本の食領域の可能性を通じて価値創造が可能になる。そのため、日本にもイノベーターが必要だと考えています。

有馬:私がずっと思っているのは、日本企業の発信力不足と、人の部分の問題です。例えばアメリカではCMO(Chief Marketing Officer:最高マーケティング責任者)が当たり前にいて、マーケティングをすごくリスペクトする文化がある。一方の日本企業はそういう人材が少ないので、そもそもの戦い方がアメリカの企業とはかなり違います。

田中:アメリカの食料品スーパーマーケットチェーン「ホールフーズ・マーケット」が毎年、食のトレンド情報ランキングを出して話題を作るように、ムーブメントの起こし方や発信方法、言葉づくりが上手いですね。

あとは、どうしても日本には「言葉の壁」がやっぱりあります。しかし、そんな言葉の壁は恐れずに、自信を持って堂々と発信すればいいのです。流暢な英語ではなくてもいいし、イタリア人もスペイン人も決して綺麗な英語ではないけど、堂々と話している姿が美しいんですよ。加えて、日本人の美徳でもありますが、「自慢をしない文化」は、海外では問題です。

有馬:自慢は大事ですね。海外のスタートアップのファウンダーがプレゼンをするときは皆、「自分たちのブランドは世界一だ」って言いますよね。

田中:それでいいんだと思います。やはり起業家が高い視点で世界を見ていないと、現場の意識も引き上げられませんから。

フードテックで起業したいあなたへ

田中これからの日本で間違いなく未来を作っていく産業の一つが「食」だと思っています。食品メーカーのノウハウの中にも、大学の研究テーマの中にも、シェフが個人で持っている調理技術の中にも、すごくたくさんの可能性が眠っています。

世界が求めるような技術がたくさんありますから、ぜひ、日本に眠っている食の可能性を解放すべく、食の世界に取り組んでいただければと思います。

食は自分たちの生活を直接良くできるし、グローバルへ進出できる可能性がある業界です。自分たちで未来を創っていきたい方、情熱を持っている方はぜひ一緒に取り組みましょう。

2024年10月24−26日に第7回目となる「SKS JAPAN 2024-Global FoodTech Summit」を開催します。起業を迷っている方や、始めたいけどやる気にもっと火をつけたい方、火はついているけどもっと協業や発信をしたい方は、ぜひ参加して欲しいです。

有馬:フードテックのご相談は、ぜひ田中さんに声をかけてみてください。Beyond Next Venturesでも起業や資金調達の相談や、ビジネスパーソン向けの起業実践プログラム「INNOVATION LEADERS PROGRAM」などを展開しています。

日本全体が世界で戦うために、イノベーションを起こしやすい場を作っていく」というビジョンのもとに、引き続き田中さんと一緒に取り組んでいきます。日本のフードテック発展のためにも、ぜひ皆さんと一緒に力を結集して頑張っていきたいです。

Akito Arima

Akito Arima

Partner