Beyond Next Venturesは、ディープテックに特化した3号ファンドより、名古屋大学で培われた技術を前身に超高感度磁気センシングシステムの開発に取り組む、株式会社IZANAへの新規出資を実行しました。
IZANAは、pT(ピコテスラ、ピコは1兆分の1)レベルの極めて微弱な磁気信号を高精度に取得できる超高感度磁気センシング技術を開発しています。磁気は電波や光とは異なる物理的性質を持ち、遮蔽物や環境条件の影響を受けにくい情報源として、インフラや防衛など幅広い領域での応用が期待されます。一方で、微弱な磁気信号を実環境下で安定的に検出することは技術的難易度が高く、感度・ノイズ耐性・小型化といった多くの課題が立ちはだかってきました。
IZANAはこのような課題に対し、理想環境における高感度計測にとどまらず、実際の利用現場で使える磁気センシング技術の実現を目指しています。私たちは、同社の技術がこれまで捉えることの難しかった微細な磁気情報を可視化し、GNSSに依存しない新たなナビゲーションや、防衛・産業領域における高度なセンシング基盤を生み出す可能性を持つと考え、出資を決定しました。
本記事では、超高感度磁気センサーを取り巻く技術的・市場的背景、IZANAが取り組む課題、そしてBeyond Next Venturesが出資に至った理由を説明します。
背景:見えない情報を捉えるセンシング技術の重要性
現代社会において、センシング技術はあらゆる産業の基盤です。スマートフォン、自動車、航空機、船舶、ドローン、産業ロボット、インフラ設備、防衛装備に至るまで、現実世界の情報を正確に捉えてデジタルに変換する技術は、AIやソフトウェアが価値を発揮するための入口でもあります。
なかでも磁気センサーは、スマートフォンに内蔵される電子コンパスとしての役割にとどまらず、金属物体の検知、電流や電磁環境のモニタリング、インフラ設備の非破壊検査など、幅広い場面で価値を発揮します。
一方で、実社会に存在する磁場の多くは極めて微弱です。特にpTレベルの磁場を安定的に取得するには、センサー自体の感度に加え、ノイズを抑えて必要な信号だけを取り出す高度な技術が求められます。周囲のノイズや環境変化の影響も大きく、磁気シールド内でなら検出できる信号であっても、実際の現場で安定して捉えることは容易ではありません。
IZANAの強みは、名古屋大学の研究・そして創業後も磨いてきたGMI(Giant Magneto Impedance:巨大磁気インピーダンス)効果に基づく超高感度磁気センシング技術にあります。既に原理の開発は完了し、ユースケースに適した応用設計へ移行する段階にあります。
GMI効果とは
GMI効果とは外部磁場の変化に応じて、磁性材料のインピーダンス(交流電流に対する電気抵抗)が大きく変化する現象を指します。電流の流れ方やインピーダンスの変化を電気信号として読み取ることで、微弱な磁気をも測定することが可能です[1]。
この技術は小型軽量で高感度な磁気センシングが可能であったものの、周囲のノイズを拾ってしまうという点で実用化が難しい技術でした。
磁気センシング技術の肝の一つとして「センサの回路設計」が挙げられます。IZANAはこの回路設計の磨きこみを行うことで、磁気ノイズの大幅な低減やワイドレンジ(幅広い強さの磁場測定が可能 )を達成しました。GMI効果は名古屋大学で発見された原理であり、その研究の系譜を引き継ぐIZANAならではの技術優位性と言えるでしょう。
超高感度磁気センシング技術が拓く磁気ナビゲーションの可能性
私たちがとりわけ大きな可能性を感じている応用領域が、磁気ナビゲーションです。
現在、航空機、船舶、ドローン、車両、スマートフォンなど、多くの移動体はGNSS(GPSをはじめとする衛星測位システム)に大きく依存しています。GNSSは現代社会に不可欠なインフラですが、その信号は微弱であるため、より強い電波で信号をかき消すジャミングや、偽の信号を送り込むスプーフィングに対して構造的に脆弱だという課題を抱えています。
この脆弱性は、防衛・安全保障の領域でより深刻なリスクとなります。ロシア・ウクライナ紛争を契機に注目が集まる電磁波戦の環境下では、GNSS信号がジャミングやスプーフィングの標的となり得るため、衛星測位が使えない、あるいは信頼できない状況を前提とした代替測位技術が必要になります。こうした背景から、米国を中心に、GPSに頼れない環境での代替PNT(Positioning, Navigation and Timing)技術への関心が急速に高まっています(例として[2][3])。
磁気ナビゲーションは、その有力な選択肢の一つです。あらかじめ測定した地球磁場(地磁気)から磁気マップを作成し、移動体に搭載した磁気センサーが取得する磁場データと照合することで、現在位置を推定します。衛星からの信号を受信する必要がないため、GNSSが遮断された環境や電波妨害を受ける環境でも機能し得る、受動的で妨害に強い測位技術である点が大きな特徴です。
米国では、この分野の研究開発が既に進んでいます。Airbusの子会社Acubedは、量子センシングを手がけるSandboxAQと組み、米国本土上空で約150時間に及ぶ飛行試験を実施。地形が持つ磁気の「指紋」を高精度な磁気マップと照合し、衛星に頼らずFAA(米連邦航空局)の航路上精度基準を満たす測位を実証しました[4]。政府主導の取り組みも活発で、DIU(国防イノベーションユニット)のTQS(Transition of Quantum Sensing)プログラムでは、5つの重点分野の一つに磁気航法が掲げられています[5]。
この領域における最大の技術課題の一つが、実環境で取得される磁気信号の弱さとノイズの多さです。磁気ナビゲーションでは地球磁場のわずかな揺らぎを高精度に捉える必要がありますが、実際の移動体にはモーター、バッテリー、電子機器、構造材など、さまざまな磁気ノイズ源が存在します。加えて飛行・走行・航行中の環境変化も重なるため、必要な信号を安定的に抽出することは容易ではありません。実際、DARPAのRoQS(Robust Quantum Sensors)プログラムでは、移動体上でも振動や電磁干渉で性能が劣化しない堅牢な量子センシングシステムの実現が目標に据えられています[6]。
IZANAの超高感度磁気センシングシステムは、「高感度」「小型・軽量」「低消費電力」そして「ノイズ耐性」を達成し、「非GNSS時代」の測位・航法を支える基盤技術になり得ると考えています。米国で研究が先行している磁気センシングの手法は光ポンピング方式に代表される、いわゆる「量子センサー/量子効果を用いたセンシング技術」ですが、IZANAのGMI効果を用いた磁気センシング技術は量子センシングと同等の感度を狙いつつ、コスト、省電力性などの面でむしろ優位性を持ち得ると考えています。特に小型・軽量かつ低消費電力であるため、小型機体への搭載が可能となる点は磁気ナビゲーションの可能性を大きく広げるものでしょう。
適用先は防衛領域にとどまりません。航空機、ドローン、船舶、自律移動ロボット、さらにはインフラ点検や災害対応ロボットなど、GNSSに依存できない環境で活動するさまざまなシステムへと、磁気ナビゲーションの用途は広がっていくはずです。IZANAの技術は、その鍵を握るキーテクノロジーになると期待しています。
未だ確立されていない磁気ナビゲーションの確立を向けて、IZANAの目指すものは社会のシステムのあり方を変える大きな可能性を秘めています。このような時代の転換点に向けて、一緒に伴走できることをBeyond Next Venturesとしても非常にワクワクしています。
また、この章では磁気ナビゲーションに力点を置いて説明をしましたが、磁気センシング技術はあくまで「磁気を捉える手法」であり、応用先は磁気ナビゲーションに留まりません。水中でも磁場は伝わる特徴をふまえ、例えば海洋インフラの点検など、幅広い領域に適用し得るものと考えております。
防衛領域におけるスタートアップ参入のタイミング
今回の出資判断で私たちが特に重視した点の一つが、市場環境の変化です。
これまで日本において、防衛領域はスタートアップにとって参入の難しい領域と見られてきました。調達プロセスの複雑さ、実証機会の少なさ、導入までの長いサイクル、専門的な顧客理解の必要性など、多くのハードルがあったためです。
しかし近年、防衛力強化の必要性が高まるなか、防衛省・自衛隊においても民生技術やスタートアップ技術の活用への関心が急速に高まっています。AI、ロボティクス、宇宙、サイバー、センサー、通信といったデュアルユース領域の技術を、防衛・安全保障の現場にどう取り込むかが重要なテーマとなっています。
とりわけ防衛省・防衛装備庁は、スタートアップ等が持つ優れた技術を早期に防衛装備品へ取り込むため、従来よりスピーディーに研究開発・装備化を進める「ファストパス調達」の活用を打ち出しています[7]。2026年7月には経済産業省から「防衛・デュアルユースイノベーションの創出」に関する資料が公表され、スタートアップ活用を加速させる各種施策が示されました[8]。
これは日本のディープテックスタートアップにとって大きな機会です。研究開発力や要素技術を持ちながら防衛領域への接続が十分に進んでいなかった企業が、今後はより積極的に安全保障領域で価値を発揮できる可能性があります。
なかでもIZANAは、pTの磁気を捉える超高感度磁気センシング技術という、防衛・安全保障領域でも重要性の高い基盤技術に取り組んでいる点で注目すべき存在です。GNSSが使えない、あるいは信頼できない環境での測位・航法は、防衛装備や無人システムの運用において重要なテーマであり、磁気ナビゲーションはその有力な解の一つになり得ます。
高い技術力と実行力を備えた経営チーム
IZANAは、名古屋大学の研究室を前身とするスタートアップです。代表を務める大前氏自身も同研究室の出身で、磁気センサーへの深い技術理解を持つ「技術のわかるCEO」として顧客からの信頼を得ています。
しかし評価しているのはそれだけではありません。これまでの議論を通じて、大前氏がビジョンを掲げ、周囲を巻き込んでいく求心力を備えた経営者であることを強く感じました。また、防衛領域に踏み込むにあたっての考え方を伺うなかで、ぶれない行動指針を持っている点も出資の後押しとなりました。
私たちはIZANAを、単なるセンサースタートアップではなく、安全保障をはじめとする産業・社会の重要課題に正面から向き合うチームとして高く評価しています。
日本発のセンシング技術を社会インフラへ
ピコテスラレベルの磁気を捉える超高感度磁気センサーは、これまで見えなかった情報を可視化し、新たな意思決定やオペレーションを可能にする基盤技術になり得ます。とりわけ、GNSSが使えない・信頼できない環境でも自律的に位置を把握する磁気ナビゲーションは、今後の防衛やモビリティ・ロボティクス領域における重要な技術テーマになると考えています。
私たちは、IZANAが日本発のディープテック企業として成長し、いずれは国内にとどまらず、グローバルな産業・安全保障課題の解決にも貢献し得る存在になると期待しています。IZANAの挑戦を、Beyond Next Venturesとして力強く支えてまいります。
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● 引用元一覧
- [1] 磁気センサ理工学(増補)- センサの原理から電子コンパス応用まで 毛利 佳年雄 著
- [2] U.S. DOT(米国運輸省)“Complementary PNT Action Plan”
- [3] U.S. GAO(米国会計検査院) “Defense Navigation Capabilities: DOD is Developing Positioning, Navigation, and Timing Technologies to Complement GPS”
- [4] SandbozAQ HP “SandboxAQ and Acubed Achieve Remarkable Progress in Magnetic Navigation”
- [5] DIU HP “DIU’s Transition of Quantum Sensing (TQS) Field Testing To Begin Across Five Critical Areas”
- [6] DARPA HP “RoQS Robust Quantum Sensors”
- [7] 防衛装備庁 “ファストパス調達について”
- [8] 経済産業省“防衛・デュアルユースイノベーションの創出”





