医師起業家の変遷から見る、これからの医療ビジネスの作り方

橋爪:医師の起業支援や出資に注力している私たちBNVですが、近年起業の相談に来る医師の数が増えているように感じます。

医師起業の増加の要因として挙げられるのが、モデルケースの登場です。2014年にIPOしたメドピアを皮切りに、2015年にIPOしたヘリオス、2019年にIPOしたメドレー、2021年にIPOしたサスメドなど、ご存知の方も多いと思います。起業に成功した医師たちの存在が、続く医師起業家たちに大きな影響を与えているのです。

社会に大きなインパクトを与える先輩起業家たちを見て「目の前の患者を治療するだけでなく、ビジネスでより多くの人を救いたい」と決断し起業に至った方も少なくありません。モデルケースの存在が、連鎖的に次の医師起業家を生み出していると言えるでしょう。

その証拠に、多くの起業家を輩出する病院も現れ始めました。AI医療機器を開発するアイリスや禁煙アプリのキュア・アップ、手術室をIoT化するOPExPARKの経営者はみな、日本赤十字社医療センター出身です。

ユーグレナの出雲社長が以前「東大で起業する学生が多いのは、単純に周りに起業する人が多いから」と話していましたが、同じことが病院でも起き始めているのかもしれません。近くに起業家がいる環境が、医師に起業という選択肢を与えているのでしょう。

歴史からみる現代の医師起業家の特徴

2010年ごろから増え始めた医師起業家によるスタートアップですが、実はそれ以前から数は少なくとも存在していました。しかし、2000年代と2020年代とでは、ビジネスの特徴に大きな違いがあります。

2000年代のスタートアップ(便宜上、本記事では「第一世代」と表現します)の多くは、自身の研究シーズやバックグラウンドを活用した医薬品を開発するケースが主流でした。医師の中には臨床ではなく、研究をメインに行っている方もおり、研究の中で見つけたシーズを基に起業していたのです。

しかし、研究シーズを事業化するには莫大な費用と時間がかかります。VCから資金調達をしようにも、当時のVCは今ほど大きな金額を投資してくれるわけではありません。また、研究に従事する医師起業家は限られ、そのような背景から、当時は成功するスタートアップはごくわずかしかありませんでした。

医師起業家に変化が訪れたのは2010年代に入ってから。巷ではWebサービスが普及し始め、その波は医師の間でも広がりました。メドレーやメドピアなど医療業界におけるコミュニティサービスやマッチングサービスが勃興し、成功し始めます。ウェブサービス開発のハードルも下がった結果、それまでとは異なり、研究医だけでなく臨床医の起業も増えました。

これらWebサービスを中心としたスタートアップを第二世代とするならば、2014年頃から生まれたスマートフォンを中心としたサービスやソフトウェアを展開するのが第三世代と言えるでしょう。一般的なIT企業がiPhoneの登場によってブラウザからアプリへ主戦場を移した現象が時間差で起きました。

例えばキュア・アップに代表される「治療用アプリ」も、2010年にFDA (アメリカ食品医薬品局)が糖尿病向けのアプリを承認したことからアメリカで開発が加速され、普及が進んでいます。日本では約10年遅れてキュア・アップの禁煙アプリが承認され、その後続々と治療用アプリが開発されています。

また、人工知能をはじめとするソフトウェアを活用した起業・製品開発も大きな特徴です。2018年には、人工知能プログラムを活用した製品が、FDAで初めて医療機器として承認されたと発表されました。国内でもその流れを受け、2019年にエルピクセルが、国内初の深層学習を活用した脳MRI分野のプログラム医療機器の承認を受けています。続いて2022年にはアイリスのAI搭載システム 「nodoca®(ノドカ)」が日本初の「新医療機器」の承認を受けました。

これらの事例を見ると、ウェブサービスの開発障壁が下がったことにより医師起業家が増えたことと同様の現象が起きていると言えます。アプリをはじめとするモバイルヘルスや人工知能、VR・AR等のXR技術などのソフトウェアの進化により、臨床や医療の課題を解決する手段が増えた結果、さらに医師起業家の数は加速すると確信しています。

医師の起業アイデアの見つけ方

医師起業家の変遷を辿ってきたところで、医師起業家がこれからどのようにビジネスを構築していくべきか、についても少し触れたいと思います。現役医師の一番の強みは、現場の課題を明確に把握していること。それは起業においても最も重要なことだと思います。

例えば睡眠障害治療用アプリを開発するサスメドは、精神科医である上野CEOが従来の睡眠剤による治療法に疑問を感じてサービスを作りました。根本的な治療のためには、医師などとの対話を通して治療する「認知行動療法」が効果的なものの、手間や時間の関係で普及されていません。その問題をクリアするために、アプリで誰もが気軽に認知行動療法を受けられるようにしたのです。

このように臨床医や専門医が自身の現場で起きている明確なペインを解決するために、専門知識やテクノロジーを活かして事業を創るスタートアップには、他にはない強みがあります。例えば次のようなスタートアップは、専門医がテクノロジーを活用して現場のペインを解消している一例です。

  1. T-ICU
    代表:集中治療・救急の専門医である中西 智之氏
    事業概要:遠隔での救急・集中治療支援
  2. AIメディカルサービス
    代表:外科・消化器内視鏡の専門医である多田 智裕氏
    事業概要:内視鏡の画像診断支援AI
  3. BiPSEE
    代表:心療内科医である松村 雅代氏
    事業概要:VRを使ったうつ病治療

課題が明確になったら、次は解決方法となるビジネスアイデアを模索していきます。まずは同じような課題に挑戦している企業が他にないか、国内のみならず、海外のスタートアップにも目を向けてみましょう。特にアメリカをはじめとする海外は、日本よりも先行して市場が生まれるため、参考になる企業が見つかるはずです。

その際に注意したいのが、海外のビジネスが必ずしも日本で成立するとは限らないこと。例えば日本の医療制度は皆保険で、どこにいっても同じ料金で治療を受けられますが、アメリカの医療制度は全く違います。その違いが民間の保険サービスや国民の健康意識にも大きな差を生み出しているのです。

そのため、海外のビジネスを参考にする際には、そのような違いにも着目し、日本の制度や文化に適応させることが重要です。

2022年、注目の技術領域

海外のビジネスと同じくらい、ビジネスアイデアの一助となるのが最新のテクノロジーです。これまで実現できなかったビジネスが、新しいテクノロジーによって実現することは珍しくありません。

私が最近注目している技術は、IoMT(Internet of Medical Things)IoMD(Internet of Medical Devices)です。医療機器、センサー、スマートフォン等から健常者・患者のヘルスケアデータを取得するテクノロジーのことで、注目する背景には次のような医療の大きな変化の流れがあります。

1.治療から疾病予防・重症化予防へのシフト
2.個別化医療に向けた診断と治療の一体化
3.ヘルスケアの主戦場が病院から日常生活へ移る

代表的な技術としては、糖尿病患者のために開発された、血糖値を連続的に測定するCGM(Continuous Glucose Monitoring)があります。糖尿病は継続した治療と管理が必要な慢性疾患です。加えて網膜症・腎臓病等の合併症を起こすリスクがあるため、これまでは患者さんが自ら指先を穿刺し、血糖値を毎日測定する必要がありました。

しかし、CGMではセンサーを身体に貼り付け、グルコース濃度を連続的に測定できます。そして、このデータを活用することで、患者ひとりひとりに合わせた治療や生活習慣の改善が可能になるのです。データに併せてインスリンを自動投与したり、低血糖状態を検知してアラートを出すなど、これまでとは一線を画す治療が実現できます。このCGMを活用し、食事や運動がどのように血糖値に変化を与えるかを管理し、健康指導を行うスタートアップも海外では登場しています。

他にも、声や表情からメンタルヘルスの状況を把握し、病気の早期発見・治療を行う技術が普及すれば、医療の形は大きく変わるでしょう。慢性疾患患者に対して同様の治療を行うのでなく、がんゲノム医療のようにバイタルデータや生活習慣に基づいて、治療を最適化する社会が間もなくやってくると思います。

最近ではオープンソースのソフトウェアも増えており、以前に比べてテクノロジーを使うハードルは劇的に下がりました。これまでテクノロジーとは無縁だったという医師の方も、ぜひどんな最新テクノロジーがあるのか調べてみてください。きっと起業のチャンスに繋がるアイデアが見つかるはずです。

最後に

私たちBNVは、2021年末にIPOしたサスメドやOPExPARKなど、累計10社以上の医師起業家が創業したスタートアップに出資・事業成長支援を行っています。また、最近では、国立がん研究センター東病院と共同でアイデアソンを開催したり、新しく設立した共同創業プログラム「APOLLO」では医師の方を含む起業家候補と共に事業づくりを行うなど、意欲的に医師起業家を後押しする活動を行っています。

もし、現在起業を検討又は資金調達先を探されている医師の方がいらっしゃいましたら、ぜひ我々にご相談いただけると幸いです!

Katsuya Hashizume

Katsuya Hashizume

Executive Officer, Venture Capitalist (Medical)